2009年06月12日

心の掃除 <呪縛からとかれて>

レイ・チャールズとスティービー・ワンダー。
盲目の音楽家ふたり。

小さな頃病気で失明したレイ。
レイの母は、彼の目が見えなくても母に甘えず自分でできることをするように、手出し・手助けを我慢した。危ないとわかっていても(それはときに身をひきさかれるような思いだったのかもしれない)。

生まれたときから盲目だったスティービー。
ありとあらゆるやんちゃぶりだったという説がある。
目が見えないのに木登りする息子。
母はどうしたかしらないが、誰も止められないほど彼は自分の魂に正直に生きてきた。
でも、躊躇するような心情の吐露や心の弱さが溢れる楽曲もたくさんある。それよりも強い心を感じるものが多いような気がするが。


盲目の音楽家ふたり。その活躍は多くの人に影響を与えている。
レイの歌からは暗闇のなかの光を感じる。
スティービーの歌からは目が見えないことを忘れてしまうほどの、色彩の豊かさ、世界を見通す視線を感じる。



---------

あるとき母と車で走っていたときのこと。
歩道を足の不自由な人がひとり歩いている。

それを見た母のひとこと。
「あららら・・かわいそうに・・・」


これにはあきれた。
なんという考えなしの浅知恵。


彼は母よりも人生を謳歌しているかもしれない。
確かにすばやく歩けないことでできないこともあるかもしれない。
でも足が不自由なことは彼の一部であって、彼自身が腐ったりしていなければ仲間との絆を持って笑いの耐えない毎日かもしれない。
人それぞれ、違うものをもっている。
それが車で走っていてもわかるほどの目だったものなのか、10年つきあってもわからないほどのものなのか。
どちらにせよ目だった違いを見て

足が不自由 → 自立できない・やりたいことができない制限された人生

と短絡思考するだけの母に、かける言葉はなかった。
ツッコミをいれると「だけどさあ〜」とネチッコイので、もはやツッコミません。
その短絡思考で生きてるつまらなさの方がかわいそうですよ〜〜 オーイ


ネガティヴな想像力ばかりが想像力じゃありませんよ。
ポジティヴな想像力は気をつけて鍛えないとね。
ネガティヴなことをいうばかりのTVなどに洗脳されてる世代なんですから我々。
上には上がいますよ。
上は見た目の「五体満足」に限られていると、知らず知らずの間に思ってませんか?


えらそうにこんなこと書いちゃってますが、自戒の意味もありますし
このひと言がタイミングよく、省みるきっかけになる方がいるかもしれないので書きました。



私の母のように一見すると善人にしかみえないひとは要注意です。
私も彼女の感性を無意識によしとして、影響をうけ育ってきたのでそういうところからの人生スタートでした。
口を開けば、「でも・・・だって・・・だけど・・・できない・・・」
それがどれだけ周りに悪影響を与えるか。
歩く去勢装置ですよ。
その調子で子どもを育てたらどうなるか。

ものごとを悪い方、悪い方にしか考えられずドツボにはまる子ども。
人生にいいことなんて、あるとは知らないで生きる人間に育つ。



<呪縛からとかれて>

小さい子どもはめいっぱい成長しようとしている。人生に前向きな状態。そこへ、親が禁止事項でかためる。
禁止されたこと、やりたいのにできなかったことずくめで育つとどうなるか。
(何を言っても止めようとしてもやる子は禁止が多くなってもしょうがないかもしれません。どちらかというと「よく言うことを聞く子」「怖がりな子」に禁止ばかりをするのはやりすぎという前提で。子どもによって加減をするのが大人の仕事なんでしょうね)
考えられるのは

・まずは無気力。これがいちばんキツイ。

・大きくなっても、心からやりたいことがみつからない。
 
・やりたいことはあるが、素直にとりかかれない。



わたしは1番目と3番目の呪縛にとらわれた者です 笑。
最もやりたいことの前で「遠慮する」「躊躇する」(身近な大切な人への遠慮。親に対して感じたことそのまま、現在の家族などに感じる)。
やりたいことができないとどうなるか。

やりたいことができなくて元気のない状態が長くつづいている人は、知らずにまわりのエネルギーを奪っていたり、嫉妬にとらわれたり、自分自身を好きでなく、誰をも好きでない、大切なことを大切にできないという、生きてるんだかどうだかわからない状態になります。
さらに同じような波長の低い人とご一緒になるので苦しい状態(信頼のない関係は、ののしりあっているのと同じです)になる。
気づいて抜け出せばいいですが、人生そんなものだと思い込んで死ぬ人もあるでしょう。

これは私の実体験です。
良い出会いを捉えて上向きの人生を歩み出して、なんとか成長し続けてこれました。
現在はかなり元気者です。10年前の私くらいしかしらない人にしたら別人のように体力も気力もあります。


で、本人次第でそれなりになるでしょう〜
なんて達観できますか?
これから子育てするという、切羽詰った状況で。
私はできません。

親の意識に問題があれば、必ずといっていいほど子どもに問題がでる。
親の問題を子どもに背負わせて、(そこまでは百歩譲っていいとしても)同じような問題(いじめとか)をくりかえしていつまでたっても解決しないで、それである日突然「はい、親としての責任果たしました」
「(自立してない、あるいはその萌しなし状態で)はい、もう自立する年頃でしょ」なんて言えません!

親から受けた呪縛は根強い。
こどもの言い分を理解せず「やっちゃだめ。ママは受け入れられません」という状況で育った人は、本人の受ける度合いが強いほど
(親は意識していないから、それほどでもない。うちの子はいい子だから大丈夫!なんて油断している)
困った状況になるのは当然のことでしょう。


尤も、生命の危険から子どもを守ったり、自分で身を守る術を教えるのは親の責任ではあるが。
守るという目的がいつのまにか、親の思考力の足りなさ(とりあえずなんでもやめさせる。痛いことを経験させない。学ぶ機会を奪う。)、親の体面を保つためと混同されていないか。
(・・これがこれからの自分に問われるんだなあ・・・)

元気がなければ自分で人生きりひらく人間にはなれないです。
人のちから借りて、成長する人間になれないです。
意味なく遠慮して、生きていけるほど甘い時代じゃないです。



猫と暮らすのとはちがう。
猫はこの家のなかで生きていける。

子どもは人間のなかで生きていくのだから、親がそのチカラ、チエを殺いではいけない。

当たり前のことですが、これをミに沁みて、やれるか。ということです。
かろうじてでも、できている人がたくさんいるなら、世の中もう少し元気な人が多いでしょうね。


呪縛からとかれつつある今の私、母ちゃんになるんだな・・・
がんばるぜ。
posted by mipochi at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心の掃除 <わかる人は少ない>

マタニティクラスで助産師さんが言ったひとこと。
今の時期に自分の母親がしてくれたこと、良きにつけ悪しきにつけふりかえってみて。


お産までにできるだけの心の掃除をしようと、自分でも思っていたところ。
子どもが生まれる前に、できる限り子育てに前向きになれるよう、今の時間を過ごしたくて。


昨日いろんなことが、考えに上った。どんどん出てきて止まらない。放ってしまえば消化する前に消えていってしまいそうだったので移動中にメモした。
どなたかのお役に立てばと思い書いてみようと思います。

さて。
私は母となるべく関わらないようにしています。
めんどくさいからです。


今の状態では、素直に「母よありがとう」と感謝することもままならない。これが現状。

これからしようとしている子育て、母のやり方とは随分ちがうやり方になると思う。
当たり前のことです。
まったく違う人間なんですから。
でもなぜか、心にひっかかるんですよね。

ひとつには
母のやり方は私の骨の髄に染みていて、それを否定して新しい感覚で望もうとしているからでしょう。
しかもそれは現在変身を遂げている最中なので、デリケートな状態でもある。
そこへ、タイミングいいのか悪いのか、お産のころ母が手伝いにくることになっている。正直困ったな、と思っている。


思えば思春期以降は母拒絶の歴史だったのう・・・
私の向上心を、母には理解できないのだと落胆せざるを得ないことのくりかえしだった。

まだ落胆していたんだろうか。
もういいじゃないか。子による母の教育はお役御免の頃では?

母に伝えきれてないことがある。
大切なことを話したくても、彼女には聞く耳がない。
種々の雑音を聞くことに忙しい母。

やるだけのことはきっと、やってきたんだよ私。
人にはわからないことは、わからないもんだよ。
少なくとも当面はその時期じゃないんだろう。
これ以上は、手を引いたほうがいい。
「わかってもらおう」=「わからせよう」になってしまわぬうちに。


<わかる人は少ないかもしれないですよ>

人生の岐路に立ったとき、お世話になった人がいた。
その人の祝福の言葉はひとつひとつ私の心に沁みこんでいった。
なかでもふと、かけてくれたこの言葉。
強くなろうとしているときに浮かび上がってくる。



母に(知らない間に)エネルギーを注いでいる場合ではない。
もうすっかり自分の人生に没頭する時が来てるんだから!
posted by mipochi at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

身体を大事にするって?

私がお産を予定しているクリニックでは、産前・産後共におもしろいプログラムを用意しています。
産前ではマタニティ・ヨガもあれば、中国気功から開発した呼吸法のクラス、そしてマタニティ・フィットネスもあります。
参加は個人の意志に任されています。

妊娠7ヶ月目に入ってようやっと、フィットネスに参加しました(ヨガはちょっと前に初参加。こちらも良かった)。
前半エアロビクス、後半ストレッチという感じです。
これが、おもしろかった。そして効きました。

【おもしろかった】
のは、けっこうキッツ!という瞬間があったこと。
体温が一気に上がるのを感じた。

いつも参加しているダンスクラスでも体温は上がっているんだろうけど太鼓の音や自分の動き、他の人の動きを見たりすることに集中しているせいか身体のキツさはあまりクローズアップされない。

エアロビクス、そんなハードなプログラムではなかったのに、なぜきつい瞬間があったのか。
いい具合に心拍数も上がり、身体が温まっているところへ膝を曲げて腰を落としてゆっくり動かしていたときだった。
「この動き、いつもダンスクラスでウォーミングアップのときにやっているのになぜこんなにキツイ!」
同じ動きでも身体の状態によってはこんなに変わるのか。
それと、もしかしたら<ダンスクラス→裸足><エアロビ→靴(しかもあまり向かない薄底。安定性よくない)>という足元の違いが影響していたかも。靴の改善の余地はあるなあ。

ここだけの話ですが
終了後、トレーナーともうひとりの妊婦さんと話していて
「フィットネス協会(と言ってたと思う)では子宮口が開いてきたらエアロビやめるようにっていうことになってるんだけど、○○先生(院長)予定日過ぎてもOKって言ってたりするのよね。今日はどうしても産むぞ!とかね。クリニックで運動しているから、産気づいたらその勢いでという。」というトレーナー。
これには笑いました。これくらい、たくましいお産の臨み方ってステキだと思います。

その後も私がアフリカン・ダンスのクラスに現在も参加している、という話になり、「腰を落として踊るのね。ダンスはいいと思います。やめる必要ないですよ。どちらかのつま先がついていれば、弾んで大丈夫。でも完全に接地してない状態=ジャンプは軽くてもダメ。回るのも180度は×。90度が限度(もちろんジャンプなしで)でしょうね〜」と、身体を動かしてみながら注意点などを聞きました。これはまさしく実感していたところだったので「そうですよねえ!」という感じでした。

マタニティ・フィットネスを心得ているトレーナーからのアドバイスは心強いし、アフリカンを知らなくても共通する注意点などがわかれば、立体的に見えてくる感じです。これからもどんどん変わっていく身体に沿って、相談などできそうで嬉しかったですね。


【効いた!】
のはストレッチのとき。最初は仰向けになると腰の辺りの骨がバランバランな感じで危険な感じだったけど、一通りストレッチし終わって最後に仰向けになったとき、そして横を向くときにも腰のバラバラ感が収まっていた。これは、寝返りもし易くなるではないか!

もう一点。
腹筋運動について。
私が参考にしているマタニティガイドブックには「妊婦は腹筋運動はやめるよう」書かれていますが、フィットネス・トレーナーによると「お産に向けて腹筋は離れていきますが(これはガイドブックに書かれていることと同じ)、腹筋はいきむときに必要で腹圧をかける感覚のためにも、腹筋運動は役に立ちます。産後の回復時にも腹筋が戻り易いです」とのこと。
もちろん、やり方や、自分の体調と相談しながらのことなので「妊婦は腹筋運動どんどんやりましょう!」とか言うわけではないですが、


妊婦が「身体を大事にする」って何?という根本的な問いに対してひと言いっておきたいです。とくに身体を動かすことに関して。

まだつわりのあったころ保健指導で助産師が言ってたことを心に留めてきました。
「大事にしすぎないでください。自然がいいです。自然って、難しい面もあるんですけどね」
この言葉は軸のようになって、今の私の過ごし方の中心にあるような気がします。



「歩く」のは、場所、足元に気をつければ簡単で手っ取り早いでしょう。歩くことで満足、楽しい、心身の調子が良いならすばらしいことです。
でも私のようにただ、散歩に行くということに魅力を感じない、なんとなく疲れて終わり、というような人で
「マタニティ向けのフィットネスやってるみたいだけど〜行ってみたいけど〜めんどくさいし〜まあいっか〜」という人に。

周りで見守っている人たちや、参考書に判断を任せっぱなしにしてたらもったいないですよ。
自分の感覚を育てて、アドバイスをもらえる人を見つけて、自他共に相談しながら自分にしか経験できないお産(百人百様でしょう)をするのは楽しいですよ!(・・まだ産んでなけど、経過報告)
妊娠前にやっていたことがあって、妊娠中も継続したい場合は、諸条件を考慮してみて続けることもできますよ。(あくまで責任はご自分で!)




余談ですが、
医者に認めてもらう、とかじゃないです。
先日院長がプレママクラスで「旅行の同意書なんて書きませんよ(=医者が認めれば何をやってもいいというわけではない)。どうしてもという場合、自分の判断・責任でやってくださいね」というのはモットモなことです。法律問題以前の、まっとうな考えです。どのようなことがあってもなくても、結果を得るのは本人とその周囲の人ですから。

院長に「ダンスやってるんですけどお〜つわりも治まったし再開してもいいですかあ〜」なんてちょっとコワくて訊けなかったでしょうけど(何を相談してもひと言は文句つけて、睨む上司的な・・)

幸いその頃健診で相談した先生がユルイ感じの人で「ダンスしないのでわかんないですけど、社交ダンスとかならいいんじゃないですかねえ。でもテレビでやってるショーのようにプロっぽい激しいのはやめたほうがいいんじゃないですかねえ」って。
密かに私は心の中で爆笑してました。だってよくよく考えたら、下手なアマが高いヒールを履いて下手なお相手にリードされて踊るのはどう考えても危ないし、アマでもプロでも動きをよく知っていればいるほど自分で判断がつき易くもなるし、的確なアドバイスも受けられる環境にいる可能性が高い。だから、ダンスするかどうかは最終的に自分で判断すればいいし、こんな笑える返答をしてくれた先生、すてきです。これはユーモアでしょう。
でも、彼の言葉で何が一番印象に残っているかって「ダンスしないのでわかんないですけど」なんですよ。
このひと言があるかどうかで「頼りない医者」かどうか明暗を分けたと思います。
「医者としての意見を求められているとすれば、ご自分の責任、判断でどうぞ。危ないと思ったらやめてください。ちなみに私はその方面に詳しくないので具体的な相談はできないです」という意味内容の返答でした。
自分が良く知らないことを差し置いて「それは危ないんじゃないの?やめたら?」なんて言う医者がいたらイヤですね。(いるにはいるでしょうね)医者としてもイヤだし、人間としてお付き合いしたくないですね。
(それ以前にこのクリニックにおいて、「ダンス的なことはやめて!」という医者がいたら、ヤバイですけどね。エアロビやってるの知らないの?!という意味で)


***

このクリニック、産前のプログラムが充実しているのには
妊婦が体力をつけ、健康を維持し、お産のときへむけて身体の感覚をよく感じるようにし、お産の際には心身のコントロールをしやすいように準備するという目的があるようです。妊婦が積極的にお産に望むために。
院長が長年の経験から培ってきたことが形になっているようなので安心して「参加」できます。信頼できるお産のパートナーとしての医者、助産師、看護婦などスタッフの体制があってこそのプログラムのようです。


一応言っておきますが
ここに書いたことは、あくまで私の場合であって誰にでも同じように通用することではありません。
個人個人の身体はまったく違うものですし、マタニティのための運動を催しているところも様々で質の良し悪しもあると思います。
マタニティにかぎらず、もし私の経験と意見を参考にされる方は、そこのところを了承くださいね。
自分の感覚、判断を大切に、ご自身の人生をお楽しみください。


***


posted by mipochi at 19:22| Comment(2) | TrackBack(0) | dance to the music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

タイトル変更

タイトルを変更しました。



このブログを始めてからずっと懸案事項で、表現したいことをわかり易いひと言であらわせないかな、と思っていました。


心機一転、マツリます。



posted by mipochi at 22:25| Comment(2) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

たくましいシリーズ・2

agri006.jpg

苗を買ってきたはいいけど、正体がわからなかった。ズッキーニ。
こんなに大きな株になるとはしらなんだ。

agri010.jpg

(手前の鉢はパセリ。その奥がズッキーニの巨大な葉)
良い子は調べてから植えましょう。


agri009.jpg

ナスの花はこんなで、


agri005.jpg

実はこんなだ!
日々成長。




このところ涼しい日が多いしアメもいい感じで降る。
種を植えて随分経った土からゴーヤが芽を出した。
隣に先輩2株が出てしばらくだから、遅咲きならぬ遅芽吹き。

環境とタイミングと因子が合えば
芽は出るし、花はひらく、実はなるもんだなあ。


アマウツシを感じるヨロコビ。
posted by mipochi at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | green | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする